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Trapped And Unwrapped - Friends Again (1984)


 スコットランドはグラスゴーでクリス・トムソン(Vo/G)、ジェームス・グラント(G/Banjo/Vo)、スチュアート・カー(Dr/Vo)、ポール・マッギーハン(Piano/Synth),、ニール・カニンガム(B)の5人により結成されたフレンズ・アゲイン。彼等の1stアルバムでありラストアルバムとなったのがこの"Trapped And Unwrapped"。母国では解散してからのトムソンのユニットThe Bathers(ベイザーズ/現在も活動中)の高評価、グラント、スチュアート、ニールによるLove And Money(ラブ・アンド・マネー/80年代半ばから90年代半ばまで活動。その後グラントはソロへ)の商業的成功の方がクローズアップされる為、それらの活動の為の助走期、と言った評価で終わっており、ゆえに日本での「ネオアコ」バブル期の一時的評価との落差が目立ってしまう、色んな意味で不幸な作品と言えます。トムソンが結成したThe Craniumsというパンクバンドから発展し、自主レーベルでのシングルを経てPhonogramと契約、いくつかのシングル、EPを経てのリリースとなったこのアルバム。80年代前半から半ば当時のポスト・パンク的な動きのなかで、様々な才能が出会い、短い時間で個性的な火花を散らし、作品に結実した・・・そんなバンドのひとつが彼等だった、今聴くとそんな思いを強くします。どうしても日本では「ネオアコ」の定番、という評価に頼りがちですが、それが良いことなのかどうなのか、その事に関しては今もって複雑な心境にさせられますね。というのは、リリース当時日本では全く人気がなく、まさに知る人ぞ知るの存在だったのが、80年代終わりにフリッパーズ・ギターがバンド名を曲に(いわばユーモアも込めて)引用してから突如として知られるようになった訳ですが、しかしそれはたぶんにバブリーな、真っ当に聴かれたとは言えないまま軽く消費されただけであり、結果今ではその「ネオアコ」不況とともに評価も下がり気味・・・そんな状況と言わざるを得ないからです。世に過小評価され、知名度が浮薄な流行頼みになってしまうバンド、アルバムはそれこそ星の数ほどありますが、彼等もそんなひとつで、こんな音楽の内容と関係ないところでその評価を浮き沈みさせられる状況は大変残念に思う次第。

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 そんな彼等の音楽に深く踏み込むべく、まず当時の印象を思い出してみれば、彼等に関しては、当時の他の同系列のバンド(アズテック・カメラ、オレンジ・ジュース、ブルーベルズ、ペイル・ファウンテンズ、ロイド・コール・アンド・ザ・コモーションズなど)のどれにも似ているという感じはありませんでしたね。というより、みんな結構違ってたというのが実際のところなのですが。アコースティックな音を出す人達(私はそう呼んでいました。84,5年当時、「ネオアコ」という縮めた言い方はありませんでした)のなかでは、特にピアノの弾む感じに代表されるアレンジの豪華さが、ちょっとやり過ぎ、売れ線を狙い過ぎのように思えたものでしたが、トムソンの才能の煌めきを感じるソングライティング、独特の若きD・ボウイ風のVo、文学性匂うスタイリッシュかつ難解なワードプレイといった惹かれる要素もあったので、結果としての印象が中庸なNew Waveに聞こえる理由、アルバムとしての構成がもう一つな感じになってしまった理由をいつしかあれこれと考えるに至った訳ですが・・・結局20年経って思うにやはり、ヘアカット100やアズテック・カメラの成功、スコットランド勢のパワーに目を付けたレコード会社が、あれやこれやと売る為に圧力をかけ(これはこちらの立場からすれば当たり前でしょう)、それにバンドが抵抗あるいは立ち向かった(これもまた当然)・・・その結果がこのアルバムなのだろうなと。プロデューサーを多数起用し(トム・ヴァーラインが一曲担当)、それまでにリリースしたシングルを、別バージョンで丁寧に収録しているのですが、総決算的アルバムとも言える一方、アルバムが出来た段階で、もうバンド自体が疲れきっていたのではないかなという気もする訳です。レコード会社との格闘のみならず、メンバーどうしも、おそらく創作のプロセスで音楽性の違いが露になっていたでしょうし(これが公式の解散理由)、おそらく解散した85年にはもう前に進めない感じだったんだろうなと。それゆえ、後のトムソンによるThe Bathersの非常にアーティスティックな世界と、グラントらのLove And Moneyのルーツ/AOR的な世界の違いを考えると、ほのかに見えるその裂け目をなんとか統一感のあるものにしようという苦心の跡がこのアルバムのアレンジにうかがえるのも確かで、やはり前述したような助走期という言葉がぴったりなのです。ですから、所謂世間に流布される「ネオアコ」イメージで聴いてもし失望されたとしたら、それはお門違いに思えます。むしろ、その苦心の跡から汲み取れるニュアンスが興味深い。"Lucky Star"の陽気さはアメリカンロックへの愛情を、ヘアカット100を彷佛とさせる"Sunkissed"、"Lullaby No.2"の弾ける若さはホワイト・ファンクへの接近を、"Skip the Goldrush"にはカントリーを、"State Of Art"、"Honey At the Core"の普遍的ポップセンスにはスタンダードな音楽的豊かさを、ラストであっさり消える"Moon 3"にはボウイからアズテック・カメラにも通ずる、夢幻的なシンガーソングライター的佇まいを。一筋縄で行かないヒネった歌詞の世界を味わい、破綻のないアレンジに80年代後半のスコットランド産AORの萌芽を感じ取る・・・誰もがそんな聴き方をすべきとは思いませんが、たとえばここに挙げたようなキーワードを手引きに、イマジネーションの世界に浸るのもまた一興かと。


State Of Art

大変興味深いデモバージョン。彼等の本来の姿が見えるかも知れません。

State Of Art(demo)
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by penelox2 | 2008-02-15 11:07 | F